内容
原口鶴子は、1886年、群馬県富岡市一ノ宮で生まれた。子どもの頃から利発で運動神経に富み、度胸の据わった少女であったという。
実家は祖父の代から大きな生糸雑貨問屋を営んでいた。国営の製糸産業を荷なう国際都市、富岡市。豊かな財力、娘の能力と可能性を信じる父親、女子教育に熱心な先生方との運命的な出会い…鶴子は日本女子大学校英文学部を卒業すると、1907年、まだ女性にとって未分野であった心理学を学ぶためにコロンビア大学への留学を決意する。
担当教授のソーンダイク博士から、まれにみる有能な女性研究者と評価され、5年後、日本女性初の心理学博士号を取得、同じ日に後の早稲田大学教授、原口竹次郎と結婚。
女子寮ホイテャ・ホールでの心躍る日々、クラスメートでメトロポリタンオペラの歌手、マダム・パウルと交友、大富豪ガーレー家での1年間のホームステイなど、さまざまな楽しい思い出を胸に帰国。これからという時に病に倒れる。しかし、二児を生み、夫の助けを受けながら、研究、執筆、講演と前向きに活動をつづけるのであった。