コラム書き
(2005.09.25)
メールマガジン「シネマ・レヴュー」で“こだわりの品(しな)”というコラムを書いている。このコラムには個人的に最近、観た作品の中で一番のお気に入りを少しばかりマニアックな観点から書いていこうという趣旨のコラムである。
月に1回くらいのペースで書くのだが、最近は書く作品がなかなか見当たらない。試写に行っても食指を動かされるような映画に当たらないのだ。
劇場公開作品では邦画が圧倒的に多いため、どうしても邦画を一番観ていることになるのだが、なんだか映画(というかドラマ作り)をナメてるようなアタタタターっ!なものが多いような気がする。
もちろん中にはちゃんとして作品もあるのだが、ちょっと怖いのがテレビドラマの延長上にあるようなものや、テレビゲームがそのまま映画になったようなもの(これはハリウッド映画にも多い)も数多く、そういったものを観ると途端に睡魔が襲ってくる。
テレビドラマには(これももちろん良いものもあるが)人間関係が浅く、簡単に気持ちが変化してしまうものが多い。テレビ局がいろんな面で自主規制するように、ドラマも自分たちで映倫のように考えて規制しているのだろうか?と思えてしまうのである。さらにテレビゲームにいたってはもう最初から“正義は必ず勝ち、悪は滅びる”や“愛は最高のもの”というのが決まりきったことになっていて、それに対して疑問を持たずに主人公たちが突っ走る。それが必ずしも悪いとは言わないが、そのまま映画になってドラマ(映画)となった時、人間なら全員が疑問を持たないということはないだろうし、その疑問を乗り越えてこそカタルシスが生まれ良い話だったと感動し、そこに文化としての価値が出てくるのではないだろうか。最近の若者がよく言う「殺人はなぜいけないの?」という問いは極めて人間らしい感情なのではないだろうか?製作者たちは何も感じていないのだろうか?
そしてさらに怖いのがメディアにあおられて(宣伝などで)そのことがメジャー化してしまうこと。マイナーな意見は忌み嫌われ、切り捨てられるという風潮が当り前のように広がっていくことがとても悲しい。一般の人が自主規制とか放送禁止用語とかで自らに規制をつけるのもどうかと思う。いずれも法的なシバリさえないのに。
“人を見たら泥棒と思え”ではないが、賛成もありつつ、疑念も起こるというのがもっとも人間らしい気がするのは僕だけじゃないだろうとは思っているのだが…。
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