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タイトル

映画の面白さ

(2005.10.16)

僕はことあるごとに言っているつもりなのだが、作品が面白くなくて、明らかに根本のシナリオ作成に問題がある場合(が多いのだが)、それを脚本家と監督のせいだけにするのではなく、周りのスタッフにも、そして特に全体を統括する立場にあるプロデューサーには大きな責任があると思っている。

それは何も細かいニュアンスがどうこうというのではなくて、ストーリー構成として、そこで偶然出会うのはおかしいでしょ?とか、この人物の性格だとこういう行動はとらないでしょ?とか簡単なものである(簡単だから問題なのだが)。しかし、日本のプロデューサーの場合、ほとんどはシナリオの不備がわからないらしい。まあ、その前にシナリオを吟味する仕事をしているかどうかも怪しいものだが…。

映画は総合芸術と言われ、多くの人が関わって作られているもの。それならスタッフ(もちろんキャストも参加できるのが望ましい)みんなが知恵を出し合って、いいものを作らなくちゃ、もったいないではないか。3本の矢じゃないけど、いろんな知恵が集まれば1人でやるよりも面白くなる可能性は高いはずだ。みんながそうやって頑張ったんだけど、こういう面白くないものになったんです。と言うのならそれもまたナットクだし、そこから次の段階にも移行できるのではないだろうか?それが文化としてつながっていけば仕事以上のものが個人個人に与えられる素晴らしいものになると思うのだが…。

また、日本では(これは映画の世界に限ったことではないが)評論家や、映画を宣伝する人たちが映画の面白さを本当にわかってるのだろうか?と疑ってしまう場合も多いのではと思う。そういう人たちの映画の評し方は有名なだれだれが出演しているだとか、巨匠の○○が監督しているものとかが数多くなっている。

この前、マスコミ用の試写を観ていて(映画はサスペンス・タッチの面白いものだった)ここが山場というシーンでゲイの話になり、主人公が友人の男から告白されるシチュエーションになった時、何人かがゲラゲラと笑った。ここはシリアスな展開をしている重要なところなのに、“ゲイ”ネタであるが故に笑いが起ったのである。確かに他の映画を観ていてもゲイの話になると笑いが起るし、そういう笑いを売りにしている作品もある。けれど、この場合は笑わせようとしているのではない。リアルにしているのである。こんな場面で笑う人がいるとは…。それがマスコミ試写だからこそ憂えるのである。そういうレベルでこの映画の面白さを一般の人に伝えられるのであろうか?面白い作品だっただけに尚更そう思うのであるが…。



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