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タイトル

伝えられる戦争(1)

 世界最大の航空母艦・信濃


(2006.03.03)

 戦争や紛争について、自分が見聞きしたことで書き記していくことにしようと思う。映像(もちろん映画も)や文献など自分の接した範囲内だけで限られてはいるが、少しでもたくさんの人々に事実を喧伝できれば幸いである。

 文庫本『空母「信濃」の生涯』(光人社NF文庫)を読んだ。“信濃”とは“大和”“武蔵”に次ぐ三番艦として帝国海軍が(デカい戦艦として)建造しようとした戦艦である。が、大東亜戦争(太平洋戦争のこと)の戦局状態から空母に作り変えようとした。当時としては世界最大の航空母艦の誕生であった。
 しかし信濃は処女航海で広島の呉まで行く途中、アメリカの潜水艦が放ったたった4発の魚雷によって沈んでしまったのだ。本はそれまでのいきさつと当時の戦争の状況などを信濃の生き残った乗員や潜水艦の艦長の証言などを交えて書かれている。

 読んで最初に感じたのは、何もいいことのなかった船なんだなということ。戦局が悪く、海軍も焦って突貫工事を行い(そのために死んだ人もいる。何より工事のドックが大きいので、そこからの転落死が多数あったという)、点検も不充分のまま出航したことが沈められた一因というのもある。さらに夜の航海を選択して(昼間での戦闘機の襲撃を恐れた)潜水艦を探知できなかったこと(ソナーなどもお粗末だったらしい)も。
 魚雷を受けて傾いた信濃を護衛艦である3隻の駆逐艦で曳航させようとしたが重すぎてあきらめたこと、信濃の乗組員は重油まみれの海に放り出され、我先にと救助を求めるものが多かったこと(年少兵も多かったらしい。また、上官が先に助けられるのが慣習だったそうだ)、救助した者の衣服を「濡れてるから」と脱がさせ、良いものは自分たちのものにしていた駆逐艦の話などなど…。
 さらに生き残った者たちも機密漏洩防止のため、隔離されて最前線へ配置されたりしたそうだ。ここまで悲惨なことばかりの信濃って一体…って気もしてくる。大和、武蔵に比べると無残この上ないが、負けた戦争の象徴とも言えるのではないだろうか?

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