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ビビアン・リーといえば、『風と共に去りぬ』のスカーレット。
どうしても 、オーバーラップしてしまう。 スカーレットは、欲しいものが手に入らないと 癇癪をおこすだだっ子のようでもある。それが、情熱的と形容され、
魅力的に思えてしまうのは、女優ビビアン・リーの功績だろう。
・After all, tomorrow is another day! (明日は明日の陽が昇る!)・
ラストの台詞を口にするスカーレット・オハラに、観客たちは感動の涙と共に拍手をおくる。
その台詞を自らの励みにもするのだ。私も、そんな観客の一人だった 。 スカーレットの生き方に憧れ、彼女のようになりたいと思った。
でも、それはス カーレット・オハラだけに許されることだとわかるまでに、 そう時間はかからなか った。
『風と共に去りぬ』は、映画史においても、ビビアン・リーにとっても、
金字塔のような作品である。撮影中、彼女は恋をしていた。 相手はイギリスの名優、ロー レンス・オリビエ。 恋をしているビビアンは、スクリーンの中でも光り輝いていた。
人生に輝く星の瞬間があるとすれば、まさに、その時であった。 その瞬間を フィルムに封じ込めた映画が『風と共に去りぬ』なのだ。
しかし、時をとどめることはできない。美しい人にとって、時間はより残酷に作
用する。『欲望という名の電車』や『ローマの哀愁』で、ビビアンは中年女性 の心の葛藤 を見事なまでに演じきった。名演技である。が、そこに観客たちを魅了したスカー
レットの面影はなかった。
スカーレット=ビビアンのイメージを抱くファンに とって、スクリーンに映し出された現実は、直視しがたいものだったのかもしれない。
そんなビビアンと対照的に、オリビエは、サーの称号を受け俳優として円熟 の時を迎える。
ビビアンの中で愛情、焦燥、嫉妬等複雑な想いが渦巻いたのだ
ろう。彼女の中で何かが狂いはじめる。やがて、彼女の奇行が目立つようになる。 「同じ船に乗っていたら、沈んでしまう」と結局オリビエは、ビビアンの元
を去る。 “Tomorrow is another day! ”去ってゆく男の背に向かってそう言える気力が、も うビビアンにはなかった。
スカーレット・オハラの強さがあったなら、彼女は 立ち直れただろう。女優を捨てることができたなら、女として平凡な幸福を手に入
れることが出来たかもしれない。
しかし、ビビアンは女である前に女優だった。演技という行為のみでしか体 感できない魂の高揚を捨てることができなかった。演技の魔力に捕らわれた人間こそ、真の俳優なのだ。その意味で、ビビアンは正真正銘のアクトレスだった。
ビデオの再生ボタンを押す。あのタラのテーマとともに、画面いっぱいにタイト
ル文 字が流れてゆく。 ・Gone With The Wind・ 今までも、そして、これからも、私は見続けるだろう。煌く星と出会うために…
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